「ちょびの秋の日々2017後半期」

 

猫というのは結構適当な生き物である。

あっちがダメならこっち、こっちがダメならあっちと

フラフラと他人以外は意外と利用して生きる生き物

「まあ猫人生そんなもんですよー」と猫語でしゃぁしゃぁと言われては

人間は言いようがありません。0||___

家族は日々適当に生きてるわけではない。

もちろん適当に生きれるほど世の中は甘くないのは当然であり

猫の社会も、飼い猫クラスと野良猫クラスとでは

多分だが、ファーストクラスとエコノミークラスもしくは

貨物列車の荷台くらいの差はあるであろう・・。

かつて チョビも荷台の端にかじりついて今にも落ちそうな所を

善良な人間によって保護され飼い猫クラスに昇進したのだ。

荷台クラスが飼い猫ファーストクラスに昇進したにもかかわず

猫という生き物は、そうそう生き方を変えることはできないように

できてるらしい・・。

 そう飼い主が言うのはおかしいのだが

ここ最近飼い主はカナリしんどい状況に追い込まれている。

秋は紅葉があって芸術の秋などと言われているが

ちょびの飼い主は持病に悩まされベッドとお供で

お昼にならないと「おはよう」が言えないそんな風景が

ちらほら出てきてるのだ。

そんな飼い主を横目に炬燵(こたつ)とストーブと

仲良くなってるちょびはそうしている間に、飼い主がこけてないかを

確認する介護という??変な事になっており(しかも勝手に)

気がついたらストーブ猫のシーズンであるはずなのに

午前中は飼い主のベッド柵をジー—――っとみる時間帯に

変身しているのである。

 だがもし、飼い主がふらふら歩いてこけても

このちょび猫に何ができると言った話であり

現実は寒いし、ベッドの近くのTVのあるところにしか

ストーブがないんだから、チョビからもし言葉をもらうなら

「そこにしかいられないじゃんって」猫語で「にゃ・・・」

という一言で終わりかもしくは「めんどくせえ」であくびされて

軽々とあしらわれるという結果になる。

秋の後半寒い午前中ストーブにの程よいぬくもりを感じながら

“持病にてうなされる飼い主を、”介護をするとても賢い飼い猫”と

評価はまあまあ高いのだろうが、それは人間目線で思う事であり

ちょびにしてみれば、「ストーブと偶然寝てる飼い主」

「寒いのに外にいつまでもでれるわけないわー

何をせいっちゅーねん・・教えろ人間よ・・」

じーっとこちらを見てネシーっと見つめられるのである。

 そんなこんな適当な事を書いてしまっているが

持病が長引く飼い主は、時々猫目線でかなり危険状態?!

ちょびの危険状態とは、飼い主の命の危機などではなく

何時転んで、ちょびの上に倒れてくるかを回避する事であり

チョビの危険度から言わせると今回はMaxでありいつもよりまずいとの事で

“猫信号ビビビビ体制“らしい。大体いつも危険度
Maxなのであるが

飼い主本体がそのまま倒れてくるのと、やや斜めに落ちてくるのとでは

ちょっとちょび的には違うらしい・・・。

人間からしたらどっちも危険だろうと思うのだが

それも人間目線らしく、大木と小枝サイズのちょっと大きめのサイズ

くらいは猫目測であるらしい・・

正しくは分からないが、“猫の猫が見た目線の目測”は時により

角度もあるらしいがそれぞれ違う。

簡単に言うと「全然違う」→猫語「ぐにゃやや」「じろー」

よく言って一言と目線がこっちに来るという言葉で終わる。

しかしその猫語を怪文章の様に説明すると、かなりの散乱文章になる事を

許していただきたい・・。本文に戻ろう・・。

さてちょびは、ふらふらする飼い主に言葉は投げかけない。

全て目線でそちらを見ている。この場合横目でスーッと見る程度ではなく

『ガン見』という状態。「直視」ともいうがこの状態の時は

カナリ真剣に見ているという事で“時々狩りをしたい野性的直視”

とは全く違う緊張感があり野性的ではなく 直感的感情少しと

家族飼い主=ご飯をくれる(きっと)大事な家族の出来事として

見てる目をしている。(はず)

ちょび「だ・・・・だいじょーぶ(゜∇゜;)・・・・・かあ~い~~~・・」

飼い主はしんどくて奇声とも言わない叫びともいえない声が響くと

猫の耳には耐えらない大きな音にびっくりして逃げてしまう。

「そーーーーーーーーーーーーーんなに急に声を出されても―

おっどろくんですけどーーーーー(*_*)・・・どうさ・・れまいた?」

いちおうそうした仕草でなんとなーく舌を出してなめているが

慰めているわけではない。(猫はそうした感情はあまりないらしい・・

あるはあるのだが・・それはべつもの・・)

しばらく見つめその視線は飼い主のそのベッドの先へと上手く

この状況をクリアしてくれないかという誰もいない寒い午前中の

風景はよろよろ歩く飼い主とこけそうなその飼い主をじーっと

にらめっこする“介護猫生き物モフモフミミズク“は寒い眠い

快眠を妨げる急な、アクシデント飼い主の動向に「早く帰ってきてくれ

家族その2よ」そう思っているのである。

ちょびの思う“その2”とは長い間“ねんねこ協定“又は 

”ねんねこ同盟“を結んでる飼い主の身内である。

その2の家族が勝手に押し付けたこの見守り隊猫を、知らず知らずのうちに

作り勝手にどこかへ出かけて、何時もいない家族、こうゆう時も

何処かに何時も行くのである。猫からしたら、「何時もいない」

「何時もいない この飼い主をどうしろというのだ?お前さん」

そう言いたげな顔をして出迎えもしないのだが車で帰ってくると

家族「ちょびーただいまー飼い主は?」
「うん??どこ
?死んでる?(この場合気絶してる事を言う)」

かってにちょびに声をかけるがチョビは無言。


ちょび「そんなんしらんわ¬( ̄∇ ̄;)г」
猫語「にゃゃ」

少し間を置きまた鳴くチョビ。

猫語「にゃーにゃーにゃーにゃやーーーーーーーにゃ!」


ちょび「だってそんなこと言ったってわかんないもーん
(゜∇゜;)

あんたがいつもいないからーわからないんだもーん。もーつかれた

ちかれたーごはん!!!!ごはん ごっはん!(ご飯)ごっはん(ご飯)

まんまーまんまーーーまんまーモーモーあたしの言うこと聞いてんのー

どこーもなーんにもーしらんでーもーマンマ―!!!!


猫語「にゃーにゃーにゃーにゃやーーーーーーーにゃ!

ふにゃーぐんみゃーみにゃーにゃう―――マンマ―

にゃまなまーにゃななまーふぎゅあー!!!!!☆Ф※!!!後は意味不明

 

この抗議に家族は一言「まんまーはちびねえを起こしておいで^^」

 

ちょび「もーなんで!!!!!!!!!!!!!しらんもー!!!

あんたがなんとかしななさいよ!!!―――――!!

あんであたしが!!ちょーっと聞いていんの!!!!“その家族2”もー!!!!もー!!!」

猫語「ふぎゃ!!!!!!!!!!!!!!!ぎゃぎゃぎゃ!!」(おわり)

 
たったこれだけの言葉である。だいたいこのルーティンを重ねて

ちょびは抗議するが、飼い主の家族はなんのそのアチコチ歩いてその後を

ついて回るちょびのしつこさはお決まりのパターンだがその付き歩く

ちょびのしっぽを踏んでちょびの「ふぎゃ!」が聞えるくらいである。

 ちょびから言うと午前中あれだけがんばったのに

報酬がないのは不当であるとかそのような内容であろうかと

推測はしてみるものの泣き声はほとんど
抗議のみである。

それも単純な声のみでありそのルーティンの中で

何とか猫語をいろいろ解釈するにも、困難であり時々間違うと

偉く怒られるのだが、飼い主もほとんど記憶がないくらい同じ声に

聞えるのがちょびの悲しきところであろうか・・・。

 

そして仕方なくちょびは持病で気絶してるのか?薬が効いて眠ってるのか

分からない状態の飼い主を起こすためにベッドの下でしばらく鳴いてるという。

ご飯のためならなんのそのと言った感じでそこは結構真面目に「にゃーにゃー」

と言っているのである。

 猫語「おきてーおきてーおきてー」まあそんな所であろう。

他に沢山、たーくさん言いたいことがあっても「おきてー」でないと

飼い主は決して反応しない・・。この場合抗議をしたら絶対に起きない

そうゆう事になってる。どうしてか?人間が聞き取れないもしくは

自分ではなく、家族によくわからないわがままを言ってるというパターンで

じぶんではない・・と言った理解してる飼い主もチョビには

少々どころではない、厄介な理解度であると思ってみていい。

 そして亡霊の様な飼い主がむくっと起きて来て

ちょびは「起きて来たのねーって」思ったら

食卓に座りおももろに食べているではないかと?!という

予想だにせぬ飼い主の行動に「なんで!たべてるのーちょーっと!!」

そんな心という言葉が少々出てるちょびの心境。

どこまでもいう事のきかない飼い主にお手上げであるといった

顔を出しながら ご飯のために「ねー」

家族「ちょっとまってってね」

ちょび「まじっすかー・・・・・・・・・・・・・・・」

無言で飼い主の様子をじーーーっとみるちょびはなんとも言えない

表情でもうこれはまつしかない。

じーっと穴の開くくらい飼い主の顔を見て


飼い主はぼーっとして無言のまましばらく食卓の物を食べている。

ちょび「もーしかたないにゃ・・・」ガチョ―ンそんな顔もしながら

コロコロ表情をかえつつ、ついついの催促も
するが

無言の飼い主には通じず「・・・」の時間が過ぎる。

ちょび「もういい??もういい??ねえ・・・・あの・・・・・・・・・・・・・・」

この飼い主が食べた後、フラフラしてご飯のある所に行き

餌の所まで何とか辿りついたものの

ちょびが待ちきれず足元をうろついていた時

飼い主はチョビに足元を取られ、すっ転んでしまったのだ。

チョビは「どっしぇー」ぽかーん・・・・としてしまい

どうもこうもできないチョビ猫銅像が出来上っていた。

しばし時が経ちちょびは、おももろに餌の前まで来て座り

最後は餌の器の前で猫座りをして待ち、やっとご飯を食べれたのは飼い主を起こして

かれこれ約30分くらい経過したあとである。

普段見せない可愛い顔をして?ご飯をおねだりして見せたり

色んな顔をご飯をもらうまで、猫脳内であの手この手と考るのだが

最後はいつも家族のペースで動いてしまういつもちょびの日々である。

この家族の中で今年7年が過ぎ、猫年今年7歳になり 

人間でいうと40代のおばさん “ちびちび“ちょび姉さんは

飼い猫生活の日々を満喫し“諦めと妥協”の精神を年の功とし

今日も日向ぼっこと安全第一な猫人生のために

そして猫人生で最も大事な“ご飯”のために生きていくのである。

 ちょび飼い猫生活まだまだ先は長い・・。

 今回はこの辺でまたいつか…

 

かしこ


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